main room,宇宙戦艦ヤマト 原作論争
●全ての悪因
ベンチャーソフト
既成事実
法廷闘争
全ての悪因
著 作 権 表 示 問 題 
  アニメーション作品、「宇宙戦艦ヤマト」の原作者は誰でしょうか?
 こう質問された場合、貴方ならどんな答えを出すでしょうか・・・多分、多くの方は松本零士氏の名前をあげる事でしょう。
 これはこれで当然の回答であり、けっして間違いではないと思います。
 
 しかしながら法的事実や、マニアの視点で考えると、答えは違ったものになります。
 「宇宙戦艦ヤマトは松本先生の代表作だ!」
こんな事を声高らかに主張するのは、宇宙戦艦ヤマトの製作に携わった多くのスタッフや、松本先生本人にも失礼になるのです。
 
 この事実に、驚かれる方も多いかと思います。「宇宙戦艦ヤマトは松本さんの作品ではないの?!」そういった驚きの声を、私は何度も耳にしてきました。
 実はこの風潮は、原作者が松本零士氏であるかのように、プロデューサーである西崎義展氏が商業的戦略で作り上げた偶像なのです。
 
 宇宙戦艦ヤマトが「さらば宇宙戦艦ヤマト〜愛の戦士たち〜」で社会現象化したとき、誰もがそのヒットの背景を考察しました。
 何故ヤマトはヒットしたのか?
 
 宇宙戦艦ヤマトの企画が持ち上がった当初、西崎プロデューサーと数名のスタッフは、この壮大な作品の世界観を余すことなく表現できる人を探していました。
 西崎プロデューサーは研究心のある方です。
 私は縁あって西崎プロデューサーの会社の倉庫に入った事があります。その一角には、かなりの数のマンガ本を中心とした書籍が山積みになっていました。中には、成人向けのマンガ本もあります。
 この本の数はなんなのかと秘書の方に聞くと、「これは西崎さんの研究資料だ。」との事でした。西崎プロデューサーは、才能有るクリエーターを見つけると、自分の作品製作に誘っていたのです。
 宇宙戦艦ヤマト製作時もそのようにクリエーターを見出したのでしょう。西崎プロデューサーたちは、あるクリエーターの絵に惚れ込みました。
 松本零士氏です。
 彼は、漫画界ではそれなりに有名な方でしたが、アニメ界においてはまったくの無名同然の人でした。その彼と『契約』を結び、ヤマトはその実現に大きく踏み出したのです。
 
 既に虫プロ時代からの西崎氏の同僚達を集めており、アニメを作る人材はありました。そこに松本零士氏が加わった事で、製作サイドの適材適所は整ったのです。後は作品が世間に受け入れられるかどうかでした。
 
 その世間には、時代時代それぞれの適材適所ならぬ“適時適所”の求めが存在し、それにうまく当てはまればおのずと成功が待っているものです。松本氏のイメージの世界は、西崎プロデューサーの求め以上に、時代が求めていたものでした。
 
 そしてその時代の求めに、プロデューサーは貪欲でした。
 作品が苦労の末世間に認められると、さらなる利益を得ようと西崎プロデューサーは考えます。もともとプロデュースの才能を認められて時代を生きてきた彼です。ヤマトを飛躍させるすでも心得ていました。
 「映像コンテンツにとって絵は命です。」
 西崎プロデューサーは、松本零士氏をメディアの前に立たせる事で、宇宙戦艦ヤマトを強力に世間にアピールする事が出来たのです。後は簡単、多くの才能を結集した作品がその後も、ヒットしない訳はありませんでした。
 西崎プロデューサーが宇宙戦艦ヤマトを製作するためにスタッフとして松本零士氏と契約した事は、結果として大成功を収め、そして世間一般が「松本零士=宇宙戦艦ヤマトの作者」とする風潮を、西崎プロデューサーをはじめとした宇宙戦艦ヤマトの生みの親達は、決して否定しなかったのです。
 1999年の忌まわしい訴訟までは・・・。
 
                                                                                          
和解
正常化
デタラメの流布
和解に効力無し