http://www.dhw.ac.jp/message/adviser07.htmlより。
1938年福岡県生まれ。幼少より漫画を描き始め、1953年、『蜜蜂の冒険』でデビュー。1972年、『男おいどん』で第3回講談社出版文化賞児童漫画部門受賞。1972年より『宇宙戦艦ヤマト』、『銀河鉄道999』の連載を開始し、共に大ブームを起こす。1978年、『銀河鉄道999』、『戦場まんがシリーズ』で第32回小学館漫画賞受賞。SF漫画の第一人者として現在も多くの作品を発表し、日本のみならず海外でもその作品の人気は高い。また、日本宇宙少年団理事長、宇宙開発委員会専門委員などの役職も多く兼ねている。 
松本零士氏 自分のプロフィールを間違う
 デジタルハリウッド大学http://www.dhw.ac.jp/index.htmlの特任教授を勤める松本零士氏。
 ここには松本氏のプロフィールも記載されているが、そこには大きな間違いが存在した。
 
 以下は、私とデジタルハリウッド大学及び、担当者との電子メールのやりとりと、デジタルハリウッド大学ホームページの更新前、更新後の比較である。
 
< 更新前の内容 >  (赤字は著者による。) 
< この間違いの原因は? >
 
 上記間違いについて、デジタルハリウッド大学ホームページ内、問い合わせフォームから2006年4月12日に、記載記事が間違っている旨を伝えた。
 それに対しての返答が、同年4月14日にあり、その回答内容の主文は
教員のプロフィールに関しましては、全て教員本人への確認を得て、掲載に至っておりますが、今回のご指摘をもとに、改めて教員本人への確認を行い、誤りが確認された場合、速やかに訂正を行わせていただきます。
とのことであった。
 
 この返答を素直に信じるのであれば、松本零士氏は自分の代表作の連載年月日を間違えた事になる。
 だが、宇宙戦艦ヤマトと銀河鉄道999という、松本氏にとっては代表的な作品のの連載年月日を間違えるなどという単純なミスを、著作権について慎重な立場にある氏が間違えるであろうか?疑問は残る。
 
 < プロフィール内容の訂正を伝えてくる >
 
 その後4月28日付けのデジタルハリウッド大学からの電子メールでは、該当プロフィールの変更を伝えてきた。
教員のプロフィール内容に関しては、新しい内容に変更させていただきます。
新しい内容が準備でき次第、Webサイトの方にて更新を行わせて頂きます
。』
 
 そもそも1972年などと言う何処から出たのか分からない内容を、コンテンツ産業の健全な育成と発展を後押しするデジタルハリウッド大学が、不特定多数が観閲できるホームページ上に掲載し続けるなどという異常さは、あってはならない事である。
 また、松本零士氏は原作(オリジナル唯一の原作者ではない。)やデザイン、設定などを、当時の宇宙戦艦ヤマト製作者から任された重要なスタッフであり、その人物のプロフィールに「嘘」があってはならないのだ。
 結果としてデジタルハリウッド大学はプロフィールの変更方針を示し、コンテンツ産業にたずさわるものとして、その責務を果たそうとした。
 これは、非常に素晴らしい対応である。
 
 < 訂正後の内容 >
 
1938年福岡県生まれ。幼少より漫画を描き始め、『蜜蜂の冒険』でデビュー。『男おいどん』で第3回講談社出版文化賞児童漫画部門賞受賞。また、アニメ『宇宙戦艦ヤマト』の原作、監督、総設定、デザインを務めた。ほか、『銀河鉄道999』でも大ブームを起こす。『銀河鉄道999』『戦場まんがシリーズ』で第23回小学館漫画賞受賞。SF漫画の第一人者として作品は海外でも人気が高い。日本宇宙少年団理事など多くの役職に就く。
 なんと、掲載年月日が完全に消えている。まさか松本氏、忘れてしまったのか?小学館漫画賞については、著者は詳しくは無かったが、正しいものに変更されているようだ。
 著者の本来の指摘は、宇宙戦艦ヤマトの掲載年月日の訂正にあったが、総じて訂正後のプロフィールは、とてもよく出来たものになった。
 特に宇宙戦艦ヤマトの件で、「務めた」との表記は角が立たない最良の言葉と思う。
 
 今後もデジタルハリウッド大学と、松本零士氏他講師の方々には、コンテンツ分野の発展育成の為に頑張っていただきたい。
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  ご存知のように、宇宙戦艦ヤマトの本放送は1974年である。
 アニメーション「宇宙戦艦ヤマト」を原作とする、松本零士による漫画「宇宙戦艦ヤマト」も、同年の秋田書店「冒険王」からの連載である。
 1972年という年は、「銀河鉄道999」にもなんら関係なく、明らかな間違いだ。