松本零士の著作権延長理論
 2006年12月11日に、『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』主催による 第1回シンポジウムが開かれた。
 この著作権保護期間の延長問題を考える国民会議は、わが国の著作権保護期間を、50年から70年に延長するかどうかを「多様なセクターの関係者に広く議論を呼びかけて意見を聞き、かつ、延長がされた場合の文化的・経済的影響について実証的なデータや予測に基づいて慎重に議論することが必要です。」(http://thinkcopyright.org/より。)との観点から組織された。
 
 松本氏は、この第1回シンポジウムで著作権延長に賛成の立場から参加した。
 そもそもこの問題は複雑化する今日にあって、論議すべき大切なことであり、私は延長に反対はしない。しかし、松本氏の「賛成」理由には疑問を感じるばかりか、個人の“我”レベルでしかないと考える。
 
 松本氏はここで、司会で、著作権延長に疑問の立場から主張する慶応義塾大学教授中村伊知哉氏の「遺族の保障を著作権法でやらなければいけないのか分からない。そば屋や、床屋さんにしたって、みんな遺族の保障をしたいが、そば屋法や、床屋法とかで面倒をみるのはない。」との意見に対して、
「作品として残るわけで、そば屋さんのそばと一緒にされては具合が悪い。うどん屋さんと。私でも作れますから。」
と述べた。
 また著作権を強化し、クリエーターの保護をしたいとする理論は、「ハングリーな青年たちによって、自分たちが逆転される可能性がある。」との考えからきているようだ。
 
 この松本氏の愚かな論理には呆れるばかりだ。
  そば屋やうどん屋とは違うなど、それらに従事する人々を馬鹿にした発言であり、彼らが日々努力して「売れる」そばやうどんを“創って”いるか分かっていない。
 松本氏が言いたいことは、漫画家や作家との違いは「作品が残っているか。」であると思われるが、そば屋にしたって他の飲食店にしたって、日々研究と努力を重ね、それを製品にし、多くの方々に喜んでもらい、記憶に残る仕事をしている。
 食べたものは形が残らないが、良い漫画・小説は、見て読んで感銘を与えてこそ価値が出るものであり、そばだって同じ。老舗のそばと、松本氏の作ったそばでは違うのだ。形が残るか残らないかの問題ではない。
 また松本氏は「クリエーターは日々格闘している。明日路頭に迷う覚悟でやっている。」と語ったが、それは他の多くの職種の方々も同じである。
 漫画家や、小説家が特別に酷な条件で働いているわけではないのだ。
 
 
 「ハングリーな青年たちによって、逆転される可能性がある。」だから権利を保護してほしい。
 なんと傲慢な考えだろうか。そのハングリーな青年たちが、偽ブランドバックのような違法行為で勢力を伸ばすのであれば、松本氏の発言もうなずけるが、そうではない。彼らは、松本氏より良い作品を作り出すから、松本氏より評判になり、売れる作家になるのではないか?
 
 常に新たな発想や発明、進歩により脅威にさらされているのは漫画家だけではない。
 その進歩に乗り遅れれば、事業をやっていけないのは当たり前だ。脅威にさらされて負けるのが怖ければ、その脅威を超える作品創りをすればいいのだ。
 ハングリーな青年たちが、著作権がわが国より優遇された地域の人々とは限らないわけであり、これを理由に著作権強化を語るなど、愚の境地である。
 
 総じて思うに、松本氏の理念は
       クリエーターは特別な存在。今まで隅に追いやられてきた。
があるのだろう。
 
 松本氏、それは違う。貴方が特別な存在なのだ。
 
 
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